そして煙は消える
紫煙を燻らせつつ、手紙を読む。
『結婚披露宴のお知らせ』
ざっと目を通して、ひとまず机に置く。
小さい頃、私がよく遊んでもらっていた近所のお姉さん。その人の結婚式の招待状だった。
「あの人が結婚なんて、現実味がわかないなぁ」
6つ年上のあの人は、今は27。
そう考えると結婚を考える時期ではあるだろうが、小さい頃から知っている人だとイマイチ実感が掴めなかった。
確か初めてあったのは、5歳の頃。
父の仕事の都合で引っ越しをした私は、母に連れられて隣の家に挨拶をしに行った。
その時に出会ったのが、あの人だった。
当時小6だった彼女は、親が話し込んだことにより退屈になっていた私と一緒に遊んでくれた。
初めは警戒していた私だったが、一生懸命に遊ぼうとしてくれるお姉さんの姿を見て、徐々になつき始め、帰る頃には、帰りたくないよ、などと駄々をこねるほどとなっていた。
私が学校に通い始めてからも、登下校の時一緒に帰ってくれたり、一緒に遊んでくれたり、とてもよく面倒を見てくれた。そんな彼女のことが、私は大好きだった。
私が中学2年生の時、彼女は成人した。その時私は、何やら彼女が遠い存在に思えてしまったのだ。
大人になった彼女と大人になれない私。私がどう頑張っても、縮ませることのできない距離。それを痛感してしまった私は何を思ったか、煙草を吸い始めたのだ。彼女に大人と思われたいという考えで吸い始めたのだろうが、今になって思えば構ってもらいたい子供の考えだ。
彼女には吸ってるところを見る度にしつこく止められた。頑固なことに、親ですら途中で匙を投げても、私が成人になるまでずっと止め続けた。私も私で強情なもので、それを聞かずに吸い続けた。別に美味いと思えるわけでもなく、健康にも悪く、金もかかるばかり。止めた方がよっぽどいいであろうそれを、私はただ大人に見られたい一心で吸い続けた。
そんな生活を続けて二年が経ち、彼女の大学卒業を控えたある日のことだった。
「私、卒業したからここ出ていくんだ」
「えっ?」
彼女からの誘いで一緒に遊びに来ていた時に、それは切り出された。
「少し遠くの方に就職が決まってさ。色々悩んだけど、出ていこうってことにしたの」
「そ、そうなんだ……寂しくなるね」
「私もだよ。まぁ今の時代ネットとかでいくらでも連絡取り会えるしさ。メール、してね」
「うん」
内心穏やかでは無かったが、私は笑顔でそう頷いて見せた。
そして彼女は、言っていた通りに卒業と同時に家を出ていった。彼女がいなくなり、もう煙草を吸う目的もなくなった訳だが、半ば嫌々ながらも長年吸い続けたそれは、その頃には染み付いて離れなくなっていた。まるで呪いかのように。
やめられない煙草を吸いながら、高校生活を卒業し、大学の生活を送っていたある日のこと。
『職場の人と結婚することになったよ。近々招待状が届くと思うから、是非来てね!』
そのメールを見た時に、愕然としたものだった。彼氏が出来たなどとは聞いていたが、結婚となるとまるで別次元のことのように思えた。あの人が、成人した時なんかとは比べ物にならないほど遠く、遠く離れてしまったみたいに感じた。そしてそれは、私にとって酷く悲しいことに思えた。
「……」
私は複雑な感情を抱きながらも、『結婚おめでとう! 式には絶対行くから!』と返信したのだった。
「と言いつつも、いざ見たらなんか複雑だなぁ」
堅苦しく書かれた招待状は、私にますます彼女が遠のいたように感じさせ、出席の箇所に丸を付けようとする筆を重くさせた。
「おっと」
そうこうしている内に、タバコの灰が落ちそうになっており、私はそれを灰皿に落とす。
何となしに私は落ちた灰を見つめた。落とすまではまとまっていた灰が、灰皿に落ちた今は粉々だ。
「……変わらないものは、無いんだもんね」
そう呟いた私は小さくため息をつき、タバコの火を消すと、『出席』の部分に丸をつけたのだった。