夏の雪

「あっつい……

 8月も半ば、無駄に張り切る太陽が目障りに感じる中、私は自宅のリビングでかき氷を作っていた。

 自分の分、そしてまもなく来るであろう来客の分。

 かき氷器にガラスの器をセットすると、ハンドルを回し、氷を削っていく。

『ピンポーン』

   私の分の氷を削り終わるのとほぼ同時に、インターホンが鳴った。

 駆け足気味に玄関に向かい、戸を開ける。開けた先には待ちわびてた来客がいた。

「おすおす、久しぶり」

「久しぶり。一年ぶりだね」

私は一年ぶりにあった友人――雪乃と軽く挨拶を交わすと、リビングに迎え入れた。

「今かき氷作ってるところなんだ。ちょっと待って」

「そんな、いいのに」

 友人の遠慮にいいのいいの、と答えると、私は再びかき氷器のハンドルを手にして氷を削る。

   そうして削り終えた氷を目の前にし、満足感に浸りながら手で汗を拭う。

「ふう……。シロップ何がいい?」

「じゃあ、カルピスで」

「了解」

 友人の注文を聞き、友人のかき氷にはカルピスを、私のかき氷にはイチゴシロップをかけた。

「どうぞー」

「ありがとー。なんか年々かき氷作るの上手くなってるね」

「そう? あんなのハンドル回してシロップかけるだけだし上手いも下手もないと思うけど「いやいや、そのハンドル回すのだってなかなかコツいるし、シロップもかけ方間違えるとこぼしたり悲惨なことになるよ。やっぱ上手くなってるって」

「そうなのかなぁ……?」

 確かに4年前の夏からかき氷を作ることが私の中で定番となっている。

   そういう手際が良くなっても何ら不思議はない。

 ただ、その事実はそれだけ時が経っているということを表している。

 そう思うと、私は複雑な心境となった。

……どうしたの? どこか痛かったり?」

「えっ? ううん、なんでもないよ」

 思っていたことが顔に出てたのか、雪乃に心配される。

 私はそれを悟られまいと咄嗟に誤魔化した。

 せっかくの再会だ、余計な感情を差し込みたくなかった雪乃は首を傾げるものの、そう、と言ってそれ以上は突っ込んでこなかった。

「メグは最近楽しい? 確か今年大学卒業だっけ?」

「そうそう。大変だよ、卒論やら就活やらで」

 他愛もない近況報告が始まった。

   くだらないことかもしれないが、久しぶりに会う友人とだとそれすら楽しいことに思えた。

「そっかぁ、メグももう社会人かぁ、そかそか」

「もう、何を感慨深い感じに言ってるの」

「中学からの友達がついに社会進出するんだと思うと、ちょっとさ。いやぁ大きくなったもんだねぇ」

「そんな叔母さんくさい事言わなくても」

 雪乃の言い回しに思わず笑ってしまう。

   わずか一年ぶりのはずなのにとても懐かしく感じられた。

 毎年再会するたびにこんな感覚に浸っている。

 雪乃が私の側からいなくなってから、ずっとそれほど雪乃は私にとって大きな存在だったんだろう。

 そう思いながら、私たちは他愛のない話を続けた。

 ふと、雪乃が部屋にかかっていた時計を確認した。

「もうこんな時間かぁ」

 時計を確認した雪乃は、そう言いつつ立ち上がった。

……もういっちゃうの?」

 恐る恐るそう聞いた私に対し、雪乃はコクリと頷きを返した。

「そう……。もう、お別れなんだね」

「うん……

 別れの寂しさの余り、私たちは互いに俯きながら言葉を交わす。

「大丈夫だよ。また来年、会えるんだから」

   そう言われた私は顔を上げてみる。

 雪乃も顔を上げていた。

……そう、だよね。また来年会えるもんね」

「うん」

 微笑みながら強く頷く雪乃。

 その顔は昔と何も変わってなかった。

   それを見た私は懐かしさやらなんやらで思わず泣いてしまいそうになった。

「ねぇ、雪乃。質問があるんだけど、いい?」

 泣くまいとした私は、雪乃に質問をすることで誤魔化した。

「うん。なに?」

「そっちって、楽しいの?」

「うーん、思ってたよりも楽しいよ、案外」

「そうなんだ。わたしもいっちゃおうかな、そっち」

「なんじゃそりゃ。まだメグが来るには早いよ。来るのはちゃんとその時になってからじゃなきゃ」

「ふふっ、そうかもね」

 互いに冗談を言い、笑いあう私たち。

   ひとしきり笑って少し落ち着いた後、雪乃が口を開いた。

「それじゃ、さすがにもういくね」

「うん、そうだね」

 そう言うと私は、雪乃を玄関まで見送る。

「じゃあ、またね。メグ」

「うん……

「そうだ、言い忘れたことがあった」

「うん……?」

「社会人、頑張れ!」

……うん!」

 雪乃はそう言い残すと、手を振りながら去っていった。

見送った私は、リビングに戻り食器の後片付けをする。

 そうして雪乃のかき氷の器を片付けようとしたところで、彼女のかき氷は全く手をつけられずに解けていることに気づく。

……また残してる」

 はぁ、とため息をつきながらぼやく私。

   なぜか雪乃は毎回かき氷を残していくのだ。

   それを分かりつつも作ってしまう私にも問題があるのだろうが。

   再びその器を片付けようとしたところで、私の手は止まってしまう。

 解けたかき氷は時の経過を表し、さらには毎年現われてはすぐに消えてしまう雪乃を表している気がした。

 そう思ってしまった私は雪乃が去るまで必死にこらえていた涙を、夏の雪解け水が入った器へと零してしまった。

   そして、私は天井越しに見えない空を見、既にいなくなった友人を想い、こう呟いた。

「また、来年だね」